礼文島でかつて広がった感染症エキノコックスを描く『清浄島』

礼文島でかつて広がった感染症エキノコックスを描く『清浄島』

先日、NHKのドキュメンタリー「Dear にっぽん」で放送されていた『海獣のいる海』を拝見しました。礼文島に暮らす、88歳 (!?) の “伝説のトド撃ち” 猟師で漁師の俵静夫さんと、島の害獣となってしまったトドを追ったドキュメンタリーになっている。

このドキュメンタリーを見て、俵静夫さんの生き様 (正に漢) に見惚れてしまうのだが、本質は命の重さにある。トドを害獣にしたのは人間であり、そもそもトドが食料にしていた魚を取り過ぎたのは人間である。

この手の話は枚挙に遑がないが、最終的に『風の谷のナウシカ (漫画版)』に行き着くと思っている。時代の移り変わりはあるけれど、その中で唯一変わらないのは人間の欲深さだろう。これだけはいつの時代も変わっていないのである。

その欲望の行き着く先は、私は『風の谷のナウシカ (漫画版)』にしかないと思っている。このドキュメンタリーを見て興味を持ったのが、伝説のトド撃ち俵静夫さんが、トドが苦しまないように一発で仕留めることに心血を注ぐようになったある出来事である。

それは、かつて礼文島に広がったというエキノコックス症という、幼虫(包虫)に起因する疾患で、人体各臓器特に肝臓、肺臓、腎臓、脳などで包虫が発育し、諸 症状を引き起す非常に怖い感染症である。

当時、礼文島ではキツネ経由で島の犬猫に感染が拡大したようで、島中の犬猫を柱に縛り付けて銃で撃って殺すことになったという。その当時、俵静夫さんも役場の命令で貼り付けにした犬を銃で撃って殺そうとした所、弾が犬のお腹に当たったらしく、その犬は悲痛にもがき苦しみながら撃たれたお腹から腸などが出たまま飼い主の家に帰って行ったという。

そこに飼い主が目の色を変えて「何してくれたんだ!?」と俵静夫さんの元に怒鳴り込んできたという。そりゃ無理もない、一思いに殺せず、散々苦しめて飼い主にもその悲痛な姿を見せることになった犬の姿を想像すれば。その時俵静夫さんは、同じ過ちを繰り返さないように、害獣になってしまったトドを眠るように、苦しまないように一発で仕留めることに心血を注いできたという。

『清浄島』

この当時、礼文島にエキノコックス症が拡散した時のことが気になり調べてみると、河﨑秋子さんの『清浄島』という本に辿り尽き読んでみることにしました。この本は、礼文島でかつて実際に起きた謎の「感染症」と闘った研究者と島民を描いている。

礼文島でかつて実際に起きた謎の「感染症」と闘った研究者と島民を描く。先の見えない2022年の今こそ読みたい、希望を灯す一冊『清浄島』河﨑秋子

北の海に浮かぶ美しい孤島にキツネが運んだ寄生虫「エキノコックス」。
それは「呪い」と恐れられる病を生んだ。
未知の感染症に挑む、若き研究者の闘いが始まる――

直木賞候補作『絞め殺しの樹』で注目の著者による、果てなき暗路に希望を灯す渾身の傑作長編

風が強く吹きつける日本海最北の離島、礼文島。昭和二十九年初夏、動物学者である土橋義明は単身、ここに赴任する。島の出身者から相次いで発見された「エキノコックス症」を解明するためだった。それは米粒ほどの寄生虫によって、腹が膨れて死に至る謎多き感染症。懸命に生きる島民を苛む病を撲滅すべく土橋は奮闘を続ける。だが、島外への更なる流行拡大を防ぐため、ある苦しい決断を迫られ……。

中間宿主はネズミ

このエキノコックス症の媒介者 (中間宿主) がネズミなどの小型哺乳類であり、そのネズミを食べる、猫や犬、キツネが終宿主と聞き、見事に食物連鎖に組み込まれたサイクルに驚いた。エキノコックス症の寄生虫感染は次のようなサイクルになっている。

1. 媒介者はネズミなどの小型哺乳類
ネズミは、エキノコックス条虫の中間宿主として重要な役割を果たします。ネズミがエキノコックスの卵を摂取すると、幼虫が体内で孵化し、肝臓や肺などの臓器に嚢胞を形成する。

2. キツネやイヌ
キツネやイヌなどの肉食動物は、エキノコックスの終宿主。これらの動物が感染した中間宿主(ネズミなど)を捕食することで、エキノコックスの成虫が腸内で発育し、卵を排泄します。この卵が環境中に放出され、再びネズミなどの中間宿主に感染する。

3. 糞としてエキノコックスの卵が環境中に放出される
終宿主 (キツネやイヌ) の糞に含まれるエキノコックスの卵が環境中に放出されます。

「1.」に戻って、ネズミなどの中間宿主が卵を摂取すると、卵は中間宿主の体内で幼虫に発育し、臓器に嚢胞を形成する … というのを繰り返す。